2000/02/21

Book Reviews『アメリカ文学史』


巽孝之『アメリカ文学史―駆動する物語の時空間』
慶應義塾大学出版会、2003年


無味乾燥な記述に堕しがちな凡百の文学史とちがい、この本はある確かな方法意識に基づいて記述された「物語」である。ジャンル横断的に文学と映画と音楽とを接続したり、純文学とジャンクフィクションを接続したり、時間を追って記述されるメインプロットの流れをせき止めるかのように多数の「よみものコラム」を配したり、とまさにポストモダンの遊び心溢れる文学史だ。(中略)著者は、アメリカ史に通底する本質として<ユートピアニズム>に注目し、十世紀のヴァイキングをはじめとして、旧大陸からやってきた人たちの新天地を求める欲望の影には、悪辣な「他者」の捏造があったことを指摘する。(中略)このボーダーレスの時代に、そうした排除の原理を潜ませた<ユートピアニズム>は、日本を含めた世界政治の本質になりかねない。だからこそ、著者はあえて「アメリカ」という国家名を冠しながらも、危険な覇権的言説<ユートピアニズム>を脱構築する「物語」の創造をもくろんだのだ。
越川芳明『産経新聞』2003.3.2

「歴史」とは、つまるところ「語り」であり「認識」であるとわたしは言いたいのであり、巽孝之が本書でおこなっていることもまたそれにほかならないことを言いたいのである。巽の『アメリカ文学史』は単なる年代記でもデーター・ブックでもない。わたしの忖度をいれて言えば、ヴァイキングが北米大陸を「ヴィンランド」として望見してから今日にいたる千年の歴史を一種のカオスとして、複雑系として語る「ロード・ナラティヴ」なのである。巽自身のことばで追認すれば「アメリカ文学史を語ることは、ひとつのロード・ノヴェルを書く作業に等しい」(2)のである。
八木敏雄『英語青年』2003年5月号

最近、単純に武力に頼るアメリカ像が目立つが、巽孝之『アメリカ文学史』(慶應義塾大学出版会)は、繊細で傷つきやすく、人種・宗教・地域モザイクであるアメリカを、我々に想い起こさせる。リベラリズムは単純な巨木ではなく、複雑な妥協と競合という木々の集まった森として成長してきた。文学の思考のなかから、その歴史が立ち現われる。
長山靖生『週間読書人』2003.7.25 

ひとつの物語として読める文学史、それが本書である。作家と薗作品を時代の枠の中に当てはめながら論じるのではなく、生まれるべくして生まれた個々の作品を、見事なまでにつなぎ合わせていく。そんな物語性に富んだ文学史だ。(中略)すべては物語としてつながっており、最後には当然その結末が用意されている。そこに行き着くまでの道のりはあっという間だ。短いのではない。面白いのだ。少なくともこのような感覚で文学史を読んだのは僕自身初めての経験だ。
宮脇俊文 Soundings Newsletter 47 (2003.6) 
サウンディングス英語英米文学会


『アメリカ文学史――駆動する物語の時空間』
巽孝之(慶應義塾出版会、2003年、2,400円)
2003年8月に発売された増刷版には、初版のアメリカ文学作家地図に加え、ヴァイキング、コロンブス、ピューリタンの航路を記したコロニアリズム地図を追加。さらに、巻末の文学史年表にも最新データを増補しています。