2000/02/22

Miscellaneous Works:エッセイ:ボヘミアン・ライフの贔屓眼

『週刊ホテルレストラン』 1995年 4月 14日
「想い出のレストラン」
ボヘミアン・ライフの贔屓眼
巽孝之

港区三田で暮らしはじめて 4年。何ごとも不精なため、わたし自身が勤務先の大学へ通 うのにいちばん便利というので定めた住居だけれど、このあたりはおいしい食事をするにもなかなか便利だ。とりわけ、わたしと妻の場合、双方ともに文学研究・文学批評に関わる文筆業者であるため、マンション自体がスタジオ同然、したがってもともと家の中ではほとんど食事をしない。朝昼合わせて軽く一食だし、夜は外食かデリバリー。それでふたりとも文句をいったことも体をこわすこともないのだから、よっぽどこの生活が性に合っているのだろう。では、そんなわれわれが贔屓にしている店はどこか。

真っ先にあげたいのは「ラ・ボエーム」である。文筆業者は時間が不規則で、たとえば夜更けにクルマを飛ばし、締め切り間際の書評用の本を青山ブックセンターへ買い出しに行ったり、真夜中過ぎにディナー(夜食ではない)をとったりすることがままあるため、六本木、西麻布、高樹町に散在し明け方 4時まで開いているこの店には、しょっちゅうお世話になっている。その名のとおり、ボヘミアン・ライフにはぴったりなのだ。各種パスタに加えて、クラム・チャウダーとワカメ・サラダがお勧め。しかし、わがままをいえば、かつてメニューにあっていまは消えてしまった特製ビーフ・ストロガノフ、あれは絶品だった。どうか復活させていただけまいか。

サブスタンシャルな洋食ディナーを食べたい時には、「シュヴァリエ」(三田)や「橋本屋敷」(乃木坂付近)、「ヤマザキ」(青山墓地前)、「チブレオ」(西麻布)、「ヴィノッキオ」、「レストランひらまつ」(広尾)、「ビストロ・ダルブル」(白金三光町)、「コッレオーニ」(赤坂)にもよく行く。とりわけ橋本屋敷は、味もさることながら、詩人・与謝野晶子がそこで原稿執筆したという古風な洋館を改造したつくりが最高にシック。

和風だったら、とんかつでは東京一かもしれない「春日」(三田)や、海外からの友人の接待などに絶好のスシバー「福鮨」(六本木)。ラーメン屋ならば、これも遅くまで開いている「支那そば屋」(西麻布)。ここの肉唐揚げラーメン Bセットは、天下一品だ。

もちろん日曜日など、買い物ついでにブランチをとることもある。たいていの場合、明治屋 1階の「テラス・モルチェ」(広尾)へ足が向く。ここではサンドイッチもおいしいが、最近では、サラダバーの近くのコースでなんでもいいからカレーを注文してしまう。ここもまた、カレーだったら東京一ではないかと思うくらい、どのメニューもすばらしい。

さいごに——われわれマンション「シャンポール三田」自体にも、その 1階に構える瀟洒なイタリアン・レストラン「アル・ポルト」が、独自にして美味なパスタ・コースを堪能させてくれるのを、明記しておこう。来客の時など、これ以上のロケーションでこれ以上重宝する店は、ほかにないのだから。