2000/02/22

Miscellaneous Works:エッセイ:ジャンク・アメリカ

新人物往来社刊<歴史読本> 2001年 6月号
ジャンク・アメリカ
巽孝之

新聞を取らなくなって十年ほどになる、というと、びっくりする人が多い。しかし、いまや速報性に関する限り、インターネットが旧来の新聞をふまえつつ、それ以上の情報源を提供してくれる。それでは今日でもなお、紙媒体としての新聞が魅力を発揮するとしたら、どんなケースが考えられるだろうか。

ここで、わたしがいちばん楽しんでいるのが、けっきょくは新聞雑誌の言説からは逸脱してしまうような、文学的専門家ならではの会話、すなわち口コミであることを告白しておこう。こうした共同体のメンバーは、文化の深層に埋もれた無数の宝物とともに、その鍵を用意には渡さないため狡知に長けている。

だからこそ、全米アングラ映画界を代表するキッチュの法王ジョン・ウォーターズが、かつて名エッセイ集『クラック・ポット』( 1987年)で、俗悪趣味の極地ともいわれるタブロイド新聞への偏愛を表明していたその気持ちが、じつによくわかるのだ。一見したところB級だが一片の貴重な真実を孕んでいるかもしれない点で、この狡猾なるメディアは口コミ同然の効用をもつ。たとえば、彼イチオシのタブロイド新聞『ナショナル・インクワイアラー』や『ウィークリー・ワールド・ニューズ』には、かの東スポも腰を抜かしそうな有名人のゴシップすっぱ抜きのみならず、真偽不明にして限りなくトンデモ本的な見出しが楽しく踊る——「 167パウンド(約 76キロ)なんですって!あんまりよ、リズ」「まさかジャッキー・O! 4年経っても同じ衣装」「キャベツ人形に悪魔が取り憑く怖れあり、と専門家が指摘」「ロシア人は豪語する・・・サンタをわれわれの空からぶっ飛ばしてやる!」「類人猿から人間の赤ちゃん誕生」「ジャンク・フードがアメリカを偉大な国にした」エトセトラ、エトセトラ。

ちなみにわたしが愛読するのは、もっと低俗な『スター』や『グローブ』紙で、ここには「マイケル・ジャクソンの整形悪夢——ああ、鼻が溶ける!」「ビルとヒラリー、離婚秒読み」なる記事があふれかえっているのだけれど。

もちろん、大まじめに考えれば、こうした記事の大半は、売らんかな作戦によるインチキだ、デタラメだ、と片づけるべきものだろう。しかし、それこそジャンク・フードではないが、このようにジャンク・フィクションと紙一重のタブロイド新聞こそが限りなく現実に酷似した幻想を売ることで、アメリカ文学を支える想像力をたくましく鍛えてきたことは、まちがいない。だからこそ、ジャンク・フードが体に悪いと知りつつ後を引くように、タブロイド文化を愛する読者はひきもきらない。映画『メン・イン・ブラック』では、すでに多数のエイリアンが地球人に変装して暮らしているが、なんと彼らのいちばんの情報源として尊ばれるのがタブロイド新聞の記事であったのを思い出す――「農夫の妻が証言『エイリアンが夫の皮膚を盗んだ!』」「宇宙船が自家用トラックに衝突、夫は行方不明!!」「メッツの中堅選手曰く『フライがホームランになったのは UFOのせいだ!』」。

さて昨今のアメリカ史研究史では、トマス・ジェファソン第 3代大統領の加担した犯罪をめぐって論議が戦わされているけれども、新世紀が明けてまもなく、前記タブロイド紙の一部には、クリントン元大統領が多くの殺人に加担していたのではないか、とする新たな陰謀説まで飛び出した。してみると、いまからきっかり一世紀前の西暦 1901年は、米西戦争の勝利と反映の渦中で人気絶頂だったウィリアム・マッキンレー第 25代大統領暗殺された年であったことから新世紀を予言しようとする向きが出てきても、おかしくない。これはB級、いやC級陰謀史観の産物だろうか。とはいえ、事実なのか捏造なのか、その区別をゆるがせる紙一重の瞬間が、アメリカの文学史に親しむ者の想像力をたえず刺激してきたことは、それ自体がいまやまぎれもない「歴史」なのである。